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【長距離移動に要注意】深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE)について

循環器内科

 

はじめに

お盆の時期は、多くの方が帰省や旅行で長距離移動をされます。飛行機や新幹線、夜行バスや長距離ドライブなど、数時間以上同じ姿勢で座り続けることは珍しくありません。このような移動の後に注意が必要なのが、深部静脈血栓症(DVT)です。
DVTとは、足の深い静脈に血の塊(血栓)ができる病気で、血栓が肺に流れて詰まると
肺塞栓症(PE)となり、命に関わることがあります。

さらに、プロテインS欠損症をはじめとする先天性血液凝固異常を持つ方は、若くても血栓症のリスクが高く、長距離移動でその危険性が顕著になります。この記事では、お盆シーズンに特に気をつけたいDVTとPE、その原因や予防法、そして先天性血栓傾向について詳しく解説します。


深部静脈血栓症(DVT)とは?

深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis, DVT)は、足の深い部分を走る静脈に血栓ができる病気です。血栓はふくらはぎや太ももにできることが多く、血流を妨げることでさまざまな症状を引き起こします。

主な症状

  • ・片足だけのむくみ(両足同時のむくみは別の原因が多い)

  • ・ふくらはぎの張り感や痛み

  • ・足の熱感や赤み

  • ・皮膚の色がやや紫色や暗赤色に変化

DVTは無症状で進行する場合もあります。そのため、長距離移動の後に少しでも異変を感じたら早めの受診が重要です。


肺塞栓症(PE)とは?

肺塞栓症(Pulmonary Embolism, PE)は、DVTでできた血栓が血流に乗り、肺の血管に詰まってしまう病気です。
突然発症し、重症の場合は短時間で命に関わるため、迅速な対応が求められます。

主な症状

  • ・突然の息切れ・呼吸困難

  • ・胸の痛み(特に深呼吸で悪化)

  • ・動悸

  • ・意識が遠のく、失神

  • ・血痰が出ることもある


血栓ができる原因と「ヴィルヒョウの三徴」

血栓形成には3つの要因が関わるとされ、これをヴィルヒョウの三徴と呼びます。

  1. ・血流の停滞
    長時間座ったままで足の筋肉が動かないと、血液が滞留します。

  2. ・血液の凝固亢進
    脱水、手術後、妊娠・産後、がん、ホルモン療法など。

  3. ・血管内皮の損傷
    外傷や手術、カテーテル留置などで血管の内側が傷つく。

お盆の長距離移動では、①血流停滞②脱水による血液濃縮が重なり、血栓形成のリスクが一気に高まります。


先天性血液凝固異常とDVTリスク

DVTやPEは、移動や手術などのきっかけがなくても発症することがあります。
その背景のひとつが先天性血液凝固異常(血栓性素因)です。

主な先天性血栓傾向

  • ・プロテインS欠損症
    プロテインSは血液の固まりすぎを防ぐ重要なタンパク質です。欠損すると血栓ができやすくなり、若年でもDVTやPEを発症します。

  • ・プロテインC欠損症
    プロテインCはプロテインSと協力して血液の凝固を抑えます。欠損により同様にリスクが高まります。

  • ・アンチトロンビン欠損症
    血液凝固因子の働きを抑えるアンチトロンビンが少なくなると血栓形成が促進されます。

  • ・第V因子ライデン変異(日本ではまれ)

家族に若くして血栓症になった方がいる場合や流産を繰り返す方はこのような体質を持っている可能性があります。


診断

DVTやPEの診断には以下の方法があります。

  1. 血液検査
    Dダイマー測定で血栓の可能性を推測。先天性血栓傾向が疑われる場合は、プロテインS・C、アンチトロンビンなどの測定も行います。

  2. 下肢静脈エコー
    足の静脈に血栓があるかどうかを直接確認できます。

  3. 造影CT検査
    肺塞栓症の診断や血栓の位置・大きさを評価します。


治療

  • ・抗凝固療法
    ワルファリンや直接経口抗凝固薬(DOAC)で血液を固まりにくくします。

  • ・血栓溶解療法
    重症例では血栓を溶かす薬を使用します。

  • ・下大静脈フィルター
    骨盤内などに血栓があり、肺塞栓の発症や悪化を防ぐ医療器具です。

先天性凝固異常がある場合、再発予防のために長期抗凝固療法が必要になることもあります。


予防策

  1. ・こまめに動く
    1〜2時間ごとに立ち上がり、足を動かす。座席で足首回しやかかと上げ運動も有効。

  2. ・水分補給
    脱水予防のため、こまめに水やお茶を飲む(アルコールや過剰なカフェインは避ける)。

  3. ・弾性ストッキング
    下肢静脈の血流を助け、血栓予防に有効。

  4. ・服装に注意
    足を締めつける衣類や靴は避ける。

  5. ・医師との相談
    先天性血栓傾向がある方や過去に血栓症になった方は、移動前に予防的抗凝固療法の必要性を確認。


当院でできること

当院では、循環器内科専門医が以下の対応を行っています。

  • ・下肢静脈エコーによる血栓の有無の確認

  • ・Dダイマー測定

  • ・プロテインS・C、アンチトロンビンなど先天性血栓傾向の検査

  • ・必要に応じた抗凝固療法の開始・継続管理

長距離の移動後に片足のむくみや急な息切れを感じた場合は、放置せずすぐにご相談ください。


まとめ

  • ・長距離移動はDVT・PEの発症リスクが高い。

  • ・プロテインS欠損症など先天性血液凝固異常があると、若くても発症することがある。

  • ・予防の基本は「動く・水分をとる・足を締める」。

  • 異変を感じたら自己判断せず、早めの受診を

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  • たに内科・循環器・消化器クリニック                                                                                                                                                                                                                                                                                 循環器内科専門医・総合内科専門医 谷信彦 

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  • 参考文献

  1. ・日本循環器学会, 日本血管外科学会ほか. 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン(2022年改訂版).

  2. ・日本血栓止血学会. 先天性血栓性素因(プロテインS欠損症など)診療ガイドライン 2020.

  3. ・Goldhaber SZ, Bounameaux H. Pulmonary embolism and deep vein thrombosis. Lancet. 2012;379(9828):1835–1846.

  4. ・Heit JA. Epidemiology of venous thromboembolism. Nat Rev Cardiol. 2015;12(8):464–474.

  5. ・厚生労働省. エコノミークラス症候群予防のための注意喚起資料(2023年8月更新).